HOI4 2戦目 民間人ドイツプレイ




1937年

初頭の世界地図はこんな感じだ。

また、政治については『大規模徴集』『輸出制限』『部分動員』、3人の政治顧問、理論家に加え、陸軍長官に『フランツ・ハルダー(師団攻撃+10%)』、軍最高司令部に『フェルディナント・シェルナー(歩兵師団攻撃+10%、防御+15%)』を加えた。

あとはフランス戦で介入してくるイギリスに対して空挺部隊を投入できるよう、既に『空挺兵Ⅰ』を研究中である。

問題なのは生産である。

空挺兵ということは当然のごとく制空権を得なければならないが、制空権を得るだけの航空戦力が無い(爆)

圧倒的航空戦力差!(爆)

今年は内政の年だな…(悲)

まずは歩兵師団、戦闘正面幅40に編成変更。

あとはひたすら装備が充足するのを待つのみ(涙)

同年11月5日、フランスが内戦に入った…

まあ、弱体化する分には良いけど、コミンテルンと勝負するのは連合国戦後だから、できるだけフランスに勝って欲しい。


1938年

マジで何も出来なかった…

とりあえず四か年計画を推し進めたので、そろそろ各国に領土を要求していこうかと思う。

5月、フランス・コミューン(共産主義のくせに連合国)がフランス統一してしまった。

うーん、どうしようかなあ(ビビリ)。

仕方がないので、暫くの間はひたすら国家方針を取っていくことにする。

同年10月5日、ユーゴラスビア併合。

チェコスロバキアは併合されることを拒否。

とはいえなあ、即戦争するほど(連合国入りしている)の勇気はないしなあ(やっぱりビビリ)


1939年

いつの間にか内政3年目に突入(汗)

このまま内政かなーと思っていたが、

同年10月11日、チェコスロヴァキアに宣戦布告!

これでずるずると連合国と戦端を開くことに。

一方で、陣営に入りたいというハンガリー君を快く受け入れる。

同年12月15日、チェコスロヴァキア降伏。


1940年

1月20日、パリ陥落。

まあ、マジノ線は迂回してしまえば、ね…(マジノ線は消極的に戦っても良い)。

同年3月21日、イタリアが陣営に加盟。

イタリアよ、今度こそ頼むぞ()

同年4月2日、フランス・コミューンが降伏。

よし、これであとはイギリスだけだ!

同年5月下旬、なぜか知らんがソ連が参戦してきた…(汗)

ソ連に戦果をあげられる前に決着をつけなければ。

んでもって、ドイツ、戦死者が多すぎる…(涙)

同年6月17日、ロンドン陥落。
スクショ撮り忘れたが、ソ連が参戦してきたから慌てて5個空挺旅団をドーバーに持っていったんだ。

で、即座に1個軍15個師団をイギリス本土に投入して陥落させた。

最終的に2個軍計42個師団+5個空挺旅団を投入し、

同年8月5日、イギリス降伏(対連合国戦、終戦)。

ほんと、鬼畜米帝が参戦しなかったこそが勝因というほかない。

なお、ぶっちゃけドイツの国境を接していない国のことはあまり関心がないので、帝政イギリスとギリシャ国家連合を国家保護領(傀儡)とした。

アフリカとか、マジ興味がないんで(汗)

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